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日本平滑筋学会の歴史と展望

-平滑筋の臨床および基礎研究からみた生体の機能統合の解明-

はじめに

 

日本平滑筋学会は、1950年代の消化管、内臓の疾患の外科療法学の進展および電気生理学の応用発展が相俟って、臨床医学研究者と基礎医学研究者が忌憚無く意見を交換する時代の流れがあり、1959年(昭和34年)、日本筋電図学会から「平滑筋筋電図研究会」が発足したことに始まる(佐々木巌.日本平滑筋誌 11: J53-54, 2007)。平滑筋研究という基軸から臨床と基礎医学の研究者が一堂に会して意見を自由に交換するということは、世界でも稀な本学会の大きな特徴であり、学会運営の礎となっている。

 

この臨床と基礎が融合し平滑筋筋電図研究会が始まった背景には、胃を専門とする消化器・内臓系外科の槇哲夫、白鳥常男、消化器内科の山形敞一、産婦人科の久島勝司、泌尿器科の宍戸仙太郎、電気生理学を専門とする本川弘一、田崎京二、鈴木泰三らが同じ東北大学医学部に所属していたことと、細胞レベルの電気生理学を基盤にした後藤昌義らの九州大学医学部における研究の進展が存在する。当時は、胃がんによる死亡率が最大であり、消化管障害の治療に胃腸管切除が実施され、切除後の胃機能の回復やそれらのメカニズムの解明のために筋電図による解析が有効であった。発足後、薬学、獣医学、健康科学などを包含し、学際領域を拡げ、1962年に学会名称も世界に例のない「日本平滑筋学会」に改められ、日本医学会の分科会に属し、ヨーロッパ、アメリカ、カナダ、オーストラリア、東アジアなどの研究者と連携を持ちながら現在に至っている。

 

本学会の初期の歴史は、「平滑筋筋電図の基礎と臨床」槇哲夫、鈴木泰三監修、金原出版、東京、1966 および日本平滑筋誌 12:J53-86, 2008に記述されている。

平滑筋研究と人の生活

 

平滑筋の発見はLeeuwenhoek(1632-1723)が顕微鏡を発明したことが契機となる。Bagliviが横紋の存在する筋(速い収縮)と存在しない筋(長い持続的な収縮)を示し(1700年)、後者が平滑筋として細胞解剖学的に定義された。20世紀後半の生命科学の進展に伴い、平滑筋は人や動物の身体全体に分布し、多種多様であり、身体を構成する全ての臓器の機能と病態に係わることが示されてきた。従って、平滑筋の機能を一義的に捕らえるのでなく、その機能の臓器特異的多様性を明らかにし、平滑筋が臓器間の調和と統合を調節することにより人および動物の生命の維持に機能していることを分子生物学から個体レベルで解明していくことが21世紀の研究課題となる。このような平滑筋機能という切り口から生命維持・病態の成因を考えることは、本学会の特色である臨床と基礎の融合をさらに促進し、医学・生物学に新たな概念を作り出す揺りかごになると考えられるので、本学会は多方面の臨床と基礎の研究者の参集を常に歓迎している。

   

平滑筋研究は様々な医学分野の研究の発展に貢献し、人の健康維持そして寿命の延長をもたらしてきた。その理由は以下のような平滑筋の構造と機能の特徴に要約される。

  • 平滑筋の分化多様性:平滑筋は多様に分化している。
  • 平滑筋と多種細胞間の相互作用;平滑筋は他の細胞・組織と相互作用をする。
  • 平滑筋の物質相互作用多様性:平滑筋は多種類の生体内物質と相互作用をする。
  • 平滑筋の細胞内情報伝達多様性:平滑筋は多様な細胞内情報伝達系を持つ。
  • 平滑筋の収縮過程:反応速度が遅く、解析しやすい。
 

平滑筋の全身への分布は、循環系において血管平滑筋が存在することで明らかであり、血管径の調節をすることから各種臓器への血流を制御していて、血管平滑筋の異常は病的な虚血の一因となっている。特にストレスに対する局所血流の虚血は心臓に限らず、内臓や脳においても病態の成因となり、脳虚血、内臓虚血、四肢などの虚血を引き起こす。さらに、肺の虚血はCOPDなどの病態につながる。また、血管と神経は近接して走行することが知られ、神経の保温や栄養供給に働くことから、虚血は様々な神経病の原因ともなる。リンパ管の静脈に還流する近傍には平滑筋が存在し、リンパの流れに平滑筋が役割を担い、平滑筋機能と免疫機能の協同性が示唆されている。

 

内臓の多くは平滑筋に富む組織が多く、従来から、自律神経系との相互作用から研究され、消化器系の腸閉塞、ヒルシュスプルング病などのメカニズムが明らかにされ、難病に指定されている潰瘍性大腸炎などの克服は現在の課題である。子宮、輸精管、胆道、膀胱などの機能異常は日常生活の障害となっている。これらの平滑筋機能異常のさらなる解明と有効な治療法の開発は、老齢人口の増加もあり、今後の大きな課題である。

 

平滑筋研究は、組織レベルの多様性の裏づけとして、細胞レベルから組織特異的な機能の多様性を明らかにしてきた。平滑筋細胞の大きな特徴は、細胞外の多くの刺激に反応することであり、一つの細胞に多種類の受容体が存在することである。これに対応して、消化管では脳組織に匹敵する多種類の作用物質が存在し、この関係は脳-腸相関と称される。さらに、受容体の多様性に応じた細胞内情報伝達の経路も明らかにされつつある。また、多様な反応性は他の細胞との相互作用の裏づけともなっている。このような平滑筋研究は多くの薬物の開発や細胞機能解明の道具となる新薬をもたらし、ホルモン作用(Pavlov, 1904)、細胞内情報伝達機構(Sutherland, 1971; Gilmanら, 1994)、炎症性物質(Samuelssonら, 1982)、抗潰瘍薬(Blackら, 1988)、血管拡張機構(Furchgottら, 1998)などにノーベル生理学・医学賞が授与された。1960年代以降、内臓の鎮痙薬(腸疾患治療薬)、抗潰瘍薬、喘息薬、血管拡張薬、降圧薬、心筋梗塞薬、脳卒中薬など、広範な薬が開発され、寿命の延長が実現されてきた。近年は、鎮痙薬、抗潰瘍薬などの薬物が中枢薬などに適用されることも研究されつつあり、平滑筋に対する作用メカニズムから、いわゆる薬効の転換(repositioning)の可能性が探られている。

 

以上のように、平滑筋の研究成果は、平滑筋の多様性のために広範な領域にまたがる。さらに、平滑筋の増殖機能、リモデリングなどもあり、平滑筋の病的な状態の治療には、組織摘除などの外科手術が可能になっている。一方で、平滑筋の異常増殖はがん化を進行させることがあり、これらのがん化の予防・治療研究はさらに進展するであろう。これまで、平滑筋機能の正常と異常を、臨床と基礎の研究者が一堂に会して議論できる本学会の活動は、人々の健康維持に関与し、特に、日本人の長寿に大きく貢献してきた。平滑筋研究の観点から人の生体反応の複雑さの解明を目指して活動していくことは平滑筋を超えた基礎研究発展にもつながっていくと考えられる。多方面の臨床研究者と基礎研究者が参集し、異なった視点から意見を交換できる場を本学会が提供していくことは、さらなる健康社会の構築を可能にしていくであろう。

本学会の活動

 
  • 日本平滑筋学会総会の開催:年1回(和文抄録、シンポジウム、口頭およびポスター発表など:7~8月)
  • 若手の会:研究のアップデート、会員同士の相互連絡、総会時にシンポジウム開催など
  • 学会誌:Journal of Smooth Muscle Research (英文オンライン誌、査読有、J-STAGEおよびPMC (PubMed Central)に収載)
  • 学会連絡:ニュースレター(和文、年1~2回発行)
  • 学会賞:白鳥常男賞、優秀論文賞(年2編)

石田行知 記 2017.8.27


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